浄土真宗本願寺派 正心寺




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お話「一語一縁」

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ひとつのことば ひとつの話に 出あい ふと気づかされたり 考えたり… ひとつのことば ひとつの話に 出あい それが仏法にふれるご縁となっていければ…

最近の記事

目が覚める

先代住職である祖父の言葉をふと思い出しました。
『朝、目が覚めて鳥の鳴き声を聞くと
 今日も いのちいただいたなぁ
 有り難かな 不思議じゃなと思う』と。

その頃私は20代前半であったせいか、意味は分かりますが、もうひとつピンとこないというか、そこまで感じ味わうことができませんでした。今少し年を重ね、今ほんの少しだけ その言葉の深さに気づかされます。

東井義雄先生という方がこんな詩を遺されております。

「目がさめてみたら・・・」

目がさめてみたら
生きていた
死なずに
生きていた

生きるための
一切の努力を投げ捨てて
眠りこけている私であったのに
目がさめてみたら
生きていた
劫初以来
一度もなかった
まっさらな朝のど真ん中に
生きていた
いや
生かされていた

眠っている時には、すべてを投げ捨てて眠っています。自分の心臓ながら自分で動かしているわけでもない。肺を自分で動かしているわけでもない。眠っている時は特におまかせです。しかし、目がさめてみたらまっさらな朝のど真ん中。まさしく生きているのではなく生かされてあることに気づかされます。

 さて、先日病院にて健康診断を受診しましたが、その中には心電図の検査がありました。検査中、機器の画面を見ていると針が小刻みに動いたり上下に大きく揺れたりする様子が分かります。その時に、私の心臓は不思議だな、お願いもしていないのに一生懸命に働いてこの私を生かそうとしているのだなと感じる瞬間がありました。自分で自分を動かしているわけではなく、心臓も、肺も、胃も、腸も、肝臓も、すべてがすべて一生懸命に働いている。活動してくださっている。もう、頭が下がるばかり。思わず手が合わさります。ふと、お念仏がこぼれます。「大いなるいのち」によって支えられていることに気づかせていただく。いのちに目覚めるということは、こういうことかもしれません。

今少しだけ、祖父の言葉が分かるような気がいたします。

固定リンク | 2017年11月17日【26】

おにぎり

 
おにぎり 握った 母さんに

 握り返したい 感謝の手


 親が子どもを大切に育てることを「手塩にかける」といいます。おにぎりを握る時、小皿に盛った塩を手でつまんでそれぞれに味を決めます。そこから転じて、子育てに気を配ることの意味になったといいます。ですから辛すぎても甘すぎてもいけないのが手塩のこつなのかもしれません。
 
 現代ではコンビニに、それはそれはバリュエーション豊富な美味しいおにぎりがいっぱいあります。しかし、どんなおにぎりよりも母のおにぎりは子どもにとって特別なもの、私にとって忘れられないもの。ちょっぴり効いた塩味は母の愛情そのものなのかもしれません。
 少しずつ老いていく母の姿を見ていると、時には手を握り、なかなか言えない「ありがとう」のひとこと、伝えたいものです。

固定リンク | 2017年06月07日【25】

あなたの ことばに であって

あなたの ことばに であって 人生の厳しさを知りました

あなたの ことばに であって 素直な私になりました

あなたの ことばに であって 気持ちが楽になりました

あなたの ことばに であって この胸があつくなりました

だから今日も あなたの名前を呼びます

南無阿弥陀仏 

固定リンク | 2016年06月09日【24】

拝啓 東日本大震災

3月4日に訪問した宮城県の仮設住宅の壁に貼ってあった言葉です。

拝啓 東日本大震災 様

あの日 あなたがいらしてからというもの私たちの生活は一変しました。
大切な人やモノを失い、生きる気力さえも失いました。
正直あなたを恨みました。
それは今でも変わらず一生背負っていくでしょう。

でも、少しだけ感謝しています。
「人の温かさ」「普通の生活」がどれだけ尊いか、
「今という瞬間」がどれだけ貴重であるか、
私達が忘れかけていたものばかりです。
これからの私達を見てください。きっとあなたが驚くほどの力で現状を打破し、元の生活以上の素晴らしい未来を築いていくことを。

敬具

固定リンク | 2016年03月10日【23】

沖縄の思い

沖縄県平和資料記念館にある「展示むすびのことば」


沖縄の実相にふれるたびに
戦争というものは  これほど残忍で  これほど汚辱にまみれたものはない と思うのです

この なまなましい体験の前では いかなる人でも
戦争を肯定し 美化することは できないはずです

戦争をおこすのは たしかに人間です
しかし それ以上に
戦争を許さない努力のできるのも  私たち人間ではないでしょうか 

戦後このかた 私たちは
あらゆる戦争を憎み
平和な島を建設せねば と思いつづけてきました

これが あまりにも大きすぎた代償を払って得た
ゆずるこのできない 私たちの信条なのです

固定リンク | 2015年12月16日【22】

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